温故知新、の1日前。

さて、今日からぼちぼちと旧「ばうむ」を閉じて以降に地下で細々と書き連ねていたものを小出しにしていきます。ただし、ずいぶん過去に書いた文章ばかりなので、突っ込み訂正その他もろもろあろうかとは思いますがw あえてコメント機能はクローズする方向で(どうしても突っ込みたい場合はメールにてこっそりとお願いしますw)。

が、その前に。
かなり迷ったのですが、どうしてもこれだけは載せておきたい、これを載せておかなければあのとき私が都並前監督の解任とともに旧「ばうむ」を閉じた真意は絶対に伝わらないだろうということで、思い切って載せてしまいます。
#載せたとしても伝わるかどうかは五分五分かもしれませんが。

2007/5/6、アウェイ鳥栖戦。すなわち都並前監督のセレッソでの最後の采配となった試合。
その試合の終了後に起きた事件(?)です。



再会。   2007年05月07日02:16


悔しい、あまりにも悔しい敗戦の後の出来事。



せめてユンちゃんの姿をもう少し見てから帰りたかったのですが、とにかく「もう時間がなーい!」(by大江千里w)ということで、大慌てで荷物をまとめて鳥栖スタを出ました。

鳥栖スタに行かれたことのある方ならおわかりかと思いますが、アウェイ側ゴール裏席から鳥栖駅に行こうと思うと、メインスタンドの方をぐるりと回っていかないといけないのね(いや、行きたければバック側から行ってもいいけど確実に遠回りになるので)。で、そのメイン側には「関係者入口」というものがありまして。

私をお見送りしてくださるということで、並んで(早足で)歩いていた友人(福岡在住のセレサポさんで、九州遠征のたびにお世話になっております)が、その関係者入口を通り過ぎた瞬間に「あ?」と立ち止まり、振り返る。
つられて振り返ったその視線の先にいたのは


忘れもしない、忘れられるはずもない、


ちょっととぼけた表情とやや2323な髪(失敬なw)の




小林伸二さんその人でした。




(私も目の前を通っていたはずなのに、電車の時間が気がかりでまったく気づかなかった・・・ボランチの視野の範囲がどうこうとか言える器じゃないなww)

思わず「・・・小林さん?」と声をかけてしまい、視線があったとたんに、頭ん中にかーっと血が昇り、心臓がバクバクして、何より胸の奥からあまりにもいろいろな感情が一気にこみ上げてきてしまい。
・・・そんな状態でしたので、実は自分がどういう発言をしたのか、正確には覚えてないんですけどもw

ただ、とにかく、去年一番大事なときにコバさんを支えてあげれなかったこと、サポーターとして成すべきことが何もしてあげられなかったということ、それをずっと謝らなくちゃいけないと思っていたことを、半分くらい泣きながら言っていたように思います。たしかモリシばりに頭も下げてたような記憶が。

それでコバさんに「あぁ、セレッソのサポーターさん?」と聞かれて、初めて自分がユニとかタオマフとか何も身に着けてない状態で声をかけてしまったという事実に気づく。それならそれで最初にそう名乗らなきゃわかんねーよw

コバさんは、まだ泣いている私の肩を軽く叩いてなぐさめてくれて、あちらの方から握手の手を差し伸べてくれました。その手は、きっとそうなのだろうなと思っていたとおりに、大きくてあたたかかった。

コバさんは
「今日の試合は残念だったけど、若いチームなだけに、きっとこれから伸びていくと思う」
と、そのようなことをおっしゃっていたように思います。
もちろんそれは、セレサポを前にしてのリップサービスというのは多分にあると思うし、何より今のコバさんの立場なら(コバさんは現在、アビスパ福岡の強化部長さん(◎注:むろん当時の話です))むしろ「伸びてこないでくれ」とひそかに思っているのかも。


というか、現在のお立場がどうあれ、セレッソというチームがコバさんにしてしまった仕打ちを思えば、いまさらそのサポに声をかけられても、内心では迷惑だったかもしれないな・・・と、後から考えればそう思わないでもないのですが、私はとにかくずっとコバさんに謝りたい、と心の中で思い続けていて、それがよりにもよってあの場所で、ああいう試合の後に、というかああいう報道があった後に再会することになるとは思いも寄らなかったので、2323しく、いやはげしく(だから失敬なww)動揺してしまったわけ。



念のために言っておくけど、「セレサポを代表して」だなんて、そんな大それたことはカケラほども考えてはいません。私は、私ひとりの考えで、私自身のために、どうしてもそうしたかった。

あのとき、コバさんをああいう形で切ってしまったことは、短期的にも中長期的にも大きな間違いだったと、私はいまでも思っている。ウチのフロントがどれだけアレなのかは、たった1年でまた同じ騒動を繰り返そうとしている事実を見るまでもなくご存知のとおり。

ただ、コバさんを切ってはいけない、絶対にこんな形でこの人を失ってはいけない、と思っていながら、結局何もできず、何の後押しもできなかった、あのときの無念さがずっと自分の中に引っかかっていて、ずっとチクチクと痛んでいた。
アキよりも、ヨシトよりも、名波よりも、実は一番失ってはいけない人だったのではないかと、今でも時々思う。


今日、そうとうパニくっていた状態とはいえ、コバさんに会えて、そしてあのときのお詫びを直接言えたことで、、これでようやく私にとっての「2006年のセレッソ」が完結するのかもしれない、なんてことを、大阪に戻る道すがらに思った。



それにしても、こういう騒動が起きつつあるときに再会するというのは、なんという運命なのか、それとも警鐘なのか。

2年続けて同じ後悔だけは、したくない。

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by exbaum | 2008-02-13 00:15 |