「ほっ」と。キャンペーン

再戦の日まで壮健なれ。

前のエントリを書いたのが3/14で、もう3週間も経過してしまっているわけですが、この期間、本当に色々なことを考えました。


死亡者・行方不明者の数が増え続ける一方でおさまる気配の無い毎日。
募金箱だったり金融機関だったりで義捐金を送ったとしても、いま必要なところには届かないというもどかしい状況。
「何故か」店頭から消える品物(大阪なのに水が売り切れていたのには唖然とした)。


3/29のチャリティマッチ、有難いことに現地で観戦出来ました。
あの日、私達がよく知るはずの長居スタジアムは、これまでに見たことも無い場所になっていた。単に「代表戦だから」という言葉では表現できない、本当に、感じたことの無い空気。夜はずいぶん冷えていたけど、あたたかくて優しさと希望に満ちた空間。

ただ、そこで感じることの出来た優しさも希望も、これは被災地にいない私達だから感じることが出来るものであって、いままさに被災している方々には届いていないのではないか、安全な場所にいる私達が勝手に希望を見出しているだけに過ぎないのではないか・・・そういう気持ちもずっと頭の片隅から消えなかった。


まあ外にいる私達まで立ち止まっていては国ごと停滞してしまう、だからせめて私達だけでも一歩を踏み出さないといけない、そういう意見もあるだろうし、それもそれでまたひとつの真実なんだろう、けど。

1995年のあのときもそうだった。あのときは(電車さえ動いていれば)1時間かそこらで着くような場所に住んでいながら、何が出来るか、何をしたらよいか、何をすべきか、ちっともわからず、わからないまま自分の住む世界で一歩を踏み出すしかなかった。
結局、私達は「もしかしたらプラスになるかもしれないこと」を「プラスになる」と信じてやり続けるしかないのだろう。

とりあえず、右往左往しながらそれでも何とか頑張っている人達の、足だけは引っ張らないようにしようとは思う。


こんな時間に左側カラムの日程を編集していて(今頃か・・・)アウェイでの仙台との対戦が10月にあることを確認した。
仙台には2度行ったことがある。
1度はサッカーとは何の関係も無い、音楽関係での旅。
2度目は2003年5月の対戦。
http://www.cerezo.co.jp/game_rank_backnumber/2003/03108.html
2002年にセレッソにいたネモと寿人がいるってことでこの遠征を決めた。ナイトゲームだったこともあり、5月だというのにずいぶん寒くて、震えながら試合を見ていた記憶がある。
ネモとヨシトが何度もマッチアップしていたこととか、試合後の寿人が本当に悔しそうにしていたこととか、同じく試合後にピッチ際を歩くベガッ太さんの姿が「とぼ・・・とぼ・・・」とあまりに悲しそうだったので(セレサポなのに)思わず声をかけずにいられなかったこととか、試合後に食べた牛タンが(試合結果もあって)本当に美味かったこととかw 色々なことを思い出す。
何より覚えているのはスタジアムの素晴らしさ。私はメインで見ていたのだけど、柵を隔てた向こう側がすぐピッチで、カクテルライトに照らされた芝が本当に美しかった。

今回、このような状況になって、実際のところその時期にユアスタでJリーグが開催可能なのかどうかもまだわからない。可能だったとしてもそこにたどり着くための交通手段がどれだけ確立されているのかという問題も。余震の不安も正直なところある。ついでに言うと、私自身の仕事という問題も(苦笑)
#実は現在ニートですの・・・

夏が終わる頃、もし様々な問題が解消されていたら、もう1度ユアスタを目指してみようか。
そんなことを思って、10月の対戦のところに「?」を置いてみた。
(カシマスタジアムの状況も気になるところなのだが、平日な時点で、というか8月な時点で確実に×なのだ。来年こそは・・・!)


仙台サポの皆さん、もしもそこに行くことが出来たならば、当日は何卒よろしく。
その日まではどうか、元気でいてください。

P.S. ベガッ太さん、もしも会えたらいじめないでねw




エントリタイトルの出典がわかった人は立派な銀英マニアw
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by exbaum | 2011-04-04 03:41 |